
鳥猟犬と一緒にキジ猟をする一番の理由は、犬が「目の前で仕事をしてくれる」からです。
これが本当に大きいんです。
人間が山を歩いていても、ニホンキジはなかなか見えません。
もし姿を確認できたとしても、近くに行くとたちまち藪に逃げ込んでしまいます。少し目を離しただけでも、その場所にいたことすら分からないことがほとんどです。
気配も、足音も、羽音も、こちらが思うほど簡単には掴めません。
まして、鳥は必ず見える場所にいてくれるわけではありません。
もちろん、こちらが「いそうだな」と感じる場所に必ずいるとは限りませんし、逆に「いないだろう」と思った場所に潜んでいることもあります。
でも、鳥猟犬は違います。
犬は、見えないものを“見える形”に変えてくれます。
それは鳥そのものを見つけてくれる、という意味だけではありません。
鳥の存在を、空気の匂いを、風の流れを、地面の情報を、すべて「行動所作」にして教えてくれるんです。
つまり、犬の動きがそのまま「状況説明」になっています。
たとえば、さっきまで勢いよく前へ出ていた犬が、急に速度を落とすことがあります。
走り方が変わります。歩幅が変わります。
頭の高さが少し上がったり、逆に低くなったりもします。
体が硬くなるように見える瞬間もありますし、尾の角度が変わることもあります。
呼吸が浅くなったり、鼻の使い方が変わったりして、「いま臭いを拾っています」というのが伝わってきます。
こういう変化は、ほんの一瞬です。
でも、見慣れてくるとこちらも分かってきます。
「あ、いま何かを掴んだな」
「この先に“いる”な」
そういう確信が、犬の動きから生まれます。
そして、犬がポイントをして「ここにいる!」と言った瞬間から世界が変わります。
ただの散歩ではなくなります。
空気が変わります。こちらの集中が切り替わります。
足音が自然と小さくなりますし、視線の置き場所も変わります。
風向きを意識して回り込むようになりますし、犬の位置と自分の位置関係を慎重に見直すようになります。
「次の一歩」で何かが起きるかもしれない、という緊張感が立ち上がります。
犬が目の前で仕事をしてくれる。
その仕事が、見えない世界を見える世界に変えてくれる。
だから、鳥猟犬との鳥猟は面白いのです。
ポインティングドッグが鳥猟を面白くする7つの理由
ポインティングドッグを使った鳥猟の魅力をひと言でいうと、やはり犬が目の前で仕事をしてくれるところです。
もう少し噛み砕くと、魅力はだいたいこの7つに集約できます。
1) 犬が“自分で考えて”探索します
ポインターは、人が指示して動くというより、犬が風・地形・鳥の臭いを読んで最適解を探していきます。
見ているだけで「頭を使ってるのが分かる」のが面白いです。
2) ポイント=緊張感が“形”になります
鳥の気配をつかんだ瞬間、犬がポイントします。
あの静止は、ただの芸ではありません。
本能と訓練と経験が重なった“作品”みたいな時間で、何回見ても痺れます。
3) 人と犬の役割分担が美しいです
犬は探し、見つけ、ポイントして示します。
人は位置を読み、距離を詰め、タイミングを作ります。
この「お互いが得意分野で助け合う」感じが、他の犬種遊びと違う中毒性です。
4) 風・季節・土地の変化がそのままドラマになります
同じ山でも、風向きが違えば難易度が変わります。
気候で臭いの乗り方も変わります。
毎回条件が違うから、同じ勝ち方が通用しません。だから飽きないのです。
5) 成長が“行動”で見えます
最初は走るだけ、当たらない、迷う。
でも経験を積むと、風上を取る、捜索の線が変わる、リロケーションするなど、動きが洗練されていきます。
犬の成長がそのまま結果につながります。
6) ただのペット以上の「相棒感」があります
一緒に山に入ると、犬はあなたの前を切り開き、あなたは犬を守ります。
お互いに連携して一緒に仕事をします。
家では甘えるのに、フィールドでは別の顔になる。このギャップも魅力です。
7) “静”と“動”の両方を味わえます
全力疾走の探索(動)と、息が止まるポイント(静)。
このコントラストが強烈で、観ていて映像的にも美しいです。
犬がいなくても獲れます。でも犬がいると猟の意味が変わります
犬がいなくても、キジは獲れます。
雨の日などは車で畑の周りを流せば、必ず鳥に出会うこともあります。
鳥のいるところを知っているなら、地形と鳥の癖を読めば、単独でも結果は出せます。
実際、「犬がいないから獲れない」という話ではありません。
むしろ正直に言えば、犬と歩くことで難しくなる場面もあります。
犬が前に出れば、射線の安全管理が一気にシビアになります。
鳥が出た瞬間、犬の位置、仲間の位置、風向き、鳥の飛ぶ方向まで、一度に判断しなければいけません。
犬が若かったり勢いが強かったりすれば、走った先で鳥に詰めすぎて飛ばれてしまうこともあります。
逆に慎重すぎる犬なら、鳥に足で逃げられて(這われて)終わってしまったり、こちらが待たされる時間も増えます。
「獲るだけ」を目的にするなら、犬がいない方が楽な日があるのも事実です。
それでも私が鳥猟犬と一緒に鳥猟をする理由は、目的が“獲ることだけ”ではないからです。
犬がいると、山の中で起きていることが、はっきりと形になります。
人間の目には見えないものが、犬の動きで見えるようになります。
風の使い方、鳥の逃げ方、地形のクセ、鳥が潜む藪の位置。
そういう「答え」が、犬の行動として目の前に出てきます。
犬が鳥に当たると、歩き方が変わります。
速度が落ちて、頭の高さが変わり、鼻の使い方が変わります。
一見すると小さな変化ですが、あれは犬が状況を読んでいるサインです。
そしてこちらも、そのサインを見て判断します。
回り込むのか、止まるのか、間合いを詰めるのか。
犬と人が同じ情報を共有しながら、二人で一つの猟を組み立てる感覚が生まれます。
ここが、犬なしの鳥猟と決定的に違うところです。
犬なしでも獲れます。
けれど犬がいると、「獲れた/獲れない」の前に、猟そのものの解像度が上がり、色彩が濃くなります。
外れた日でも、犬の動きには必ず理由があります。
鳥が賢かったのか、難しい地形だったのか。風が悪かったのか、攻め方が違ったのか。
犬が見せてくれる情報があるから、こちらは「次に何を変えるか」を考えられます。
単なる運試しではなく、経験が積み上がっていく遊びになります。
さらに、鳥猟犬と歩いていると、こちらの姿勢も変わります。
犬が危険な方向に行かないように気を配る。
犬が鳥を止めているなら、無理に急がず、静かに詰める。
撃つ瞬間よりも前の段階から、こちらの所作が“猟”になります。
犬を守り、犬の仕事を活かし、自分の一発を作る。
この一連が、鳥猟犬と展開する鳥猟の醍醐味です。
つまり犬は、「獲物を獲らせてくれる道具」ではありません。
犬がいることで猟が簡単になるわけでもありません。
むしろ難しくなる場面もあります。
それでもなお、鳥猟犬とやる鳥猟が面白いのは、目の前で“仕事”が起きて、猟が“共同作業”になるからです。
犬が山を読み、こちらがそれを受け取り、二人で答えに近づいていく。
この感覚は、一度味わうとやめられません。
外すと悔しい。悔しいのは犬も同じです
鳥が目の前で出た。
その瞬間、胸が熱くなります。だからこそ、外したらもちろん悔しいです。
自分の判断、立ち位置、間合い、撃つタイミング。
「いまのは獲れたはずだろ」と、銃床の頬付けや肩付けはどうだったかまで、あとから何度でも頭の中で反省会が始まります。
でも、その悔しさを抱えるのは人間だけではありません。
犬も同じです。
鳥が出た方向を目で追い、鼻を入れ、戻ってきてこちらを見る。
言葉はなくても、「いまのは決めたかった」という気持ちが伝わってくることがあります。
犬にとっても、あの一瞬は“仕事の本番”です。だから失敗したら、犬だって悔しいのです。
鳥猟犬とやる鳥猟は、そこで終わりません。
悔しさは悔しさのまま終わらせず、お互いに反省して次につなげることができます。
風向きはどうだったか。
鳥が抜ける方向はどこだったか。
犬が止めた位置から、こちらはどう回り込むべきだったか。
藪が濃すぎてフラッシュが速くなっていなかったか。
そういう“次の一手”を、犬と一緒に積み上げていけるのが面白いのです。
そして厄介なのが、同じ場所で失敗を重ねるほど、鳥も賢くなるということです。
一度逃げ切った鳥は、次からはもっと慎重になります。
音に敏感になり、足で走って先に抜けたり、藪の中でじっと耐えたり、風下へ回って臭いを切ったりもします。
こちらが油断した瞬間を狙って、最短距離で抜けていく。鳥は本当に賢いです。
だから、うまくいかない日が続くこともあります。
同じ谷津、同じ藪、同じコース。なのに結果が出ない。
「今日もダメか」と思うこともあります。
でも、そこで終わらせない。終わらない。
こちらは工夫をします。
入る角度を変えます。風上を取り直します。待つ場所を変えます。
犬の動きを信じて、焦らず、しかし手は止めずに組み立て直します。
そうして、苦労して、やっと獲れた一羽。
あの一羽には、たった一発以上の意味が詰まっています。
何度も外して、何度も抜かれて、何度も悔しい思いをして、その上で掴んだ結果だからです。
そして何より、その喜びは一人で味わうものではありません。
犬の仕事があり、こちらの判断があり、二人で積み上げてきた流れの先にある一羽です。
だからこそ、獲れた瞬間の嬉しさは、ただの達成感ではなく、愛犬と分かち合う喜びになります。
私はこの喜びを、よく「二乗」だと感じます。
一人で獲れた嬉しさが“1”だとしたら、犬と一緒に獲れた嬉しさは“2”ではありません。
もっと大きい。もっと深い。積み重ねがある分だけ、増幅します。
苦労した分だけ、報われたときの感情が跳ね上がる。
その「二乗の嬉しさ」があるから、鳥猟犬との鳥猟はやめられないのです。
若犬リズの猟期――「自然鳥」が教えてくれたこと
うちには「リズ」というメスの若犬がいます。
昨年は私の目の調子が悪く、満足に自然鳥へ当てる訓練ができませんでした。
結果として、どうしても置き鳥中心の練習が多くなってしまい、リズに“本物の鳥”をしっかり経験させてやれなかったのです。
だから今年の猟期は、できるだけ自然鳥の場数を踏ませて、鳥猟犬としての感覚を育ててやりたいと思っていました。
――ある日、リズがポイントしました。
緊張感のある、いい止まり方です。こちらとしても「来たな」と思いました。
ただ、リズはまだ自然鳥をよく知りません。
自然鳥は、じっとそこにいてくれるとは限りません。
むしろこちらの気配を察すると、足で這うように逃げていきます。
この「鳥が走って逃げる」という現象を体で理解していないと、若犬はそこで詰まります。
案の定、鳥は足で逃げました。
そしてリズは、ポイントした場所に固まったまま動けません。
「鳥は動く」「位置が変わる」「だから追い直す必要がある」
その当たり前が、まだリズの中でつながっていないのです。
こちらとしては、なんとかポイントを解除して鳥を追わせたい。
ですが、無理に動かせば、勢いだけで突っ込んでしまう犬になる可能性もあります。
安全面でも訓練面でも、雑に崩すわけにはいきません。
だから私は時間をかけました。
すでにそこに鳥がいないことを、リズ自身に気づかせるためです。
やっとリズが動き始めます。
ところが、動きが遅い。慎重すぎる。
まるでスローモーションです。正直に言えば、本当に鈍くさい。
「リズ、今だ。行け。詰めろ」
そんな気持ちでこちらは焦ります。
でも、犬は犬で必死なのです。
知らない世界を、初めての理屈で理解しようとしている。
怖いわけではない。慎重なのです。
私はなんとか急かし、リロケーションさせます。
少しずつ、少しずつ、鳥のいたラインを追っていく。
そして私は確信していました。
リズが動き出した先で、鳥が出る。
経験上、それが分かっていました。状況も、鳥の抜け方も、地形も。
だからこそ、その一発だけは外せない。外すことは許されない。
羽音の直後「確実に獲れる」
そう思いました。
……ところが。
私は鉄砲に弾を込めていませんでした。
あの瞬間の、頭の中が真っ白になる感じ。
撃てる距離で、撃てる角度で、鳥は出る。犬も仕事をしている。
なのに自分の準備がゼロ。
“獲れるはずの一羽”を、自分のミスで消してしまう。
悔しい、なんて言葉では足りません。
そして何より、申し訳なかったのはリズです。
リズは、あの一連を必死でやり切ったのです。
ポイントして、鳥に足で逃げられて、動けなくなって、そこから考えて、やっと動き出して、慎重に追い直して、最後に鳥を出した。
若犬にとっては大仕事です。
その「仕事の結果」を、私が受け取れなかった。
鳥猟犬との鳥猟は、こういうところが本当にシビアです。
犬が若ければ、よく失敗します。鳥に騙されます。止まりすぎます。慎重すぎます。
人間も同じです。焦ります。読み違えます。そして、こんなふうに準備ミスもします。
でも、その失敗を一つずつ積み上げて、次に繋げていくしかありません。
この日の一羽は獲れませんでした。
でも、リズにとっては確実に“経験”になりました。
鳥が足で逃げること。臭いが消えること。追い直す必要があること。
そしてこちら(ハンドラー)も学びました。
「犬にだけ仕事をさせて、自分が整っていないのは最悪だ」と。
次は、弾を込める。
当たり前のことを、当たり前にやる。
そのうえで、リズの慎重さを“弱点”ではなく“武器”に変えていく。
自然鳥に通用するリロケーションを、少しずつ体に入れていく。
だから私は、鳥猟犬と山に入ります
鳥猟犬とやる鳥猟は、反省と改善の連続です。
犬が見せてくれる情報があり、こちらの判断があり、失敗があり、次があります。
そして、だからこそ。
苦労してやっと獲れた一羽を、愛犬と分かち合えたときの喜びは、やっぱり二乗になるのです。
犬が目の前で仕事をしてくれる。
その仕事が、見えない世界を見える世界に変えてくれる。
私はその瞬間のために、また山に入ります。
Training Dayをもっと見る
購読すると最新の投稿がメールで送信されます。